死亡フラグ とは“死ぬ”ことへの伏線。フラグはゲーム・コンピュータ用語でこの場合「何かが起こるための見えない条件」といった意。
物語などで以下のようなことがあると、その人物はその後死ぬパターンが多い。
ヤクザが“足を洗う”ことを示唆する。
風来坊が“根を下ろすこと”を示唆する。
寡黙な人が、身の上話をする。
今まで孤独だった人物が、愛や友情に目覚める。救いを求めて人と心が通じ合った直後など。
今まで悪役だった人物が、愛や正義に目覚める。勇気を出して悪の組織を裏切った直後など。
「ここは俺にまかせて先に行け」
宇宙戦艦ヤマトの艦長に就任する(特に劇場版)
主人公やその恋人以外の美女(※ホラー映画等))
一人でシャワーを浴びに行く、カップルが二人っきりでイチャイチャするなど。(※ホラー映画等)
「殺人犯と一緒にいられるか!俺は自分の部屋で寝る!」(※ミステリー・推理物など)
実際の人が死ぬ前にこのようなフラグを出していた、という場合は「虫のしらせ」と言われる。
初めて地球上に誕生した人類を先行人類と言います。
我々の直接の祖先ではありませんが、彼らは道具をすでに使用していました。
ただ、道具を使うのは人類の専売特許ではありません。猿も使いますし。
で、自然環境に淘汰されて現在の我々の直接の祖先が出現します。それを現行人類と言います。
さて、人類は我々の直接の祖先だけでなく、色々な種類を有していました。
イヌ科かネコ科に様々な種類がいるようなものです。
我々親類よりも骨格がしっかりして強靭な体力があった種族もいましたし、
その性質的に、様々な環境に適した体のつくりも持ってる種族もいました。
何故、我々の先祖は生き延び、繁栄し、生物の頂点に立てたのか?
それは、「想像力」だと言われています。
滅びていった我々の先祖の仲間は、道具を使っても進化させる事が出来なかったのです。
親兄弟が死んでも、悲しまなかったし、儀礼的な事もしませんでした。
「想像力」をもった種族が、道具を進化させたり、儀礼的な事を始めたり、その他色々なことを
生み出しました。
激変する自然環境の中でも、「想像力」を持って、適応し対応して、現在があります。
バース党万歳さんから、
>「テレビの発達が人間の想像力を奪った」
>こういう説もどこかで聞いたことがあります。
>読書やラジオを聞きながら人物や場面を想像していた時代から
>全てが映像付で紹介される受動的時代へと・・
>頭を使わない時代
というコメントを頂きました。
【
「ジェネレーションギャップ/今の若いモンは!」の記事に対するコメント(一部抜粋)】
想像力がどんどんなくなってきてるって事は、我々が生き延びてこられてた最大の唯一無二の
人類だけが持つ、究極の力がなくなりつつあるという事ではないかと、ふと思いました。
現在の我々は、確かに便利で、月まで行けて、地球を何千回も滅ぼす力を持ってます。
でも、色々と不具合もありますし、戦争もなくなりません。
親が子を殺し、子が親を殺す。自然の摂理を無視した蛮行が目に付く事も多くなってませんか?
今、我々が有する全ての力の源泉は、「想像力」なのです。そして我々だけが持っているのです。
「想像力」が無くなるという事は、我々人類に「死亡フラグ」が立つという事を意味すると思います。
我々は、滅びの道を歩んでいるのかもしれません。
所詮、人類は、「かりそめの客」なのかもしれません。※:この記事は、バース党万歳さんからのコメントにインスパイアされて書きました。
スペシャル・サンクス:バース党万歳さん
確かにTVによって想像力は失われ、ゲームによってリアル社会に対する適応能力も失われつつあるのかもしれないですね。と、いう私はTV大好き&ゲームおたくですが…。
TVが悪い、ゲームが悪いということではなく、だからこそ、想像力を養うものにも目を向けなければならないってことですよね。特に、小さな子供たちには。
滅びの道を我々の将来を担う子供たちに歩ませないためにも、私達が子供たちに与えなければならないことを考えるのが大切ですよね。
勉強になりましたぁ。(*´∀`)ノ